2026年11月2日、国の新しい防災の司令塔となる「防災庁」が発足しました。
これまで以上に国の防災体制が強化され、災害が起こる前の備えから、発災時の対応、復旧・復興までを一体的に進めることになります。
私自身、防災に携わる立場として、今回の防災庁発足には大きな期待を持っています。
ただ、ここで一つ考えてほしいことがあります。
国の防災体制が強くなれば、私たちは本当に災害から命を守れるようになるのでしょうか。
大きな地震が発生した瞬間。
保育園で子どもを守るのは、その場にいる保育士です。
企業で従業員の安全を判断するのは、現場の責任者です。
地域で避難が必要になったとき、最初に行動するのは住民自身です。
国の体制がどれほど充実しても、こうした場面での判断がすべて国に置き換わるわけではありません。
消防活動や現在の防災支援を通じて大切だと感じているのは、防災を知識や計画で終わらせず、災害が起きたその場で使えるものにすることです。
今回は、防災庁の発足で何が変わるのかを整理しながら、現場を経験してきた一人として、今後の日本の防災に必要だと考えることをお伝えします。
防災庁の発足で何が変わるのか
防災庁は、国の防災体制を強化するため、新たに設置された組織です。
主な変化は、大きく3つあります。
事前防災から復旧・復興まで一体的に対応する
これまでの災害対応は、内閣府を中心に、国土交通省、消防庁、厚生労働省など、多くの行政機関が連携して行ってきました。
防災庁は、災害が起こる前の対策から、発生時の初動対応、被災者支援、復旧・復興までを一貫して調整する役割を担います。
これによって、災害への備えと実際の災害対応が、より円滑につながることが期待されています。
国の防災施策を進める権限が強化される
防災庁では、各府省庁の取り組みを横断的に調整する体制が強化されました。
防災大臣には、関係する行政機関に対して改善などを求める「勧告権」も与えられています。
つまり、防災庁が単に情報を集めるだけではなく、国全体の防災対策を前に進める役割を持つということです。
ただし、勧告権があることと、現場の課題がすべて自動的に解決されることは別です。
実際に何が改善されるのか、今後の取り組みを見ていく必要があります。
地域ごとの防災上の課題に取り組む
もう一つ注目したいのが「ふるさと防災職員」です。
2025年4月に防災庁設置に先行して導入された制度で、47都道府県それぞれに国の担当職員が配置されています。
国と自治体の連携を強化し、地域が抱える防災上の弱点を把握し、対策につなげる役割があります。
地域によって、想定される災害も、人口構成も、行政の対応力も異なります。
全国一律の防災対策だけでは対応しきれない問題に、地域の実情を踏まえて取り組むことが期待されています。
発足当日に出された事前防災の緊急要請
防災庁は、発足当日の11月2日に「事前防災徹底のための緊急要請」を発表しました。
国民に対しては、住宅の耐震化や家具の固定、備蓄、ハザードマップの確認、避難訓練への参加などを呼びかけています。
水や食料は最低3日間、できれば1週間分の備蓄が求められ、携帯用トイレなどの生活用品も重要とされています。
自治体に対しては、防災人材の育成、避難生活環境の改善、外部からの支援を受け入れる体制の確保などが挙げられています。
企業や団体についても、災害時の指揮命令体制、安否確認、教育・訓練、BCPの実効性確保などが要請されています。
※今回の緊急要請は、従来からの備えを改めて徹底するよう求めるものであり、発足によって家庭や保育園、すべての企業に新しい一律の法的義務が生じたという意味ではありません。
私は、これらの方向性は非常に重要だと考えています。
ただし、ここからが本当の課題です。
防災対策を実施していることと、災害時にその対策を使えることは同じではありません。
例えば、防災マニュアルがあっても、その場にいる職員が内容を知らなければ役に立ちません。
ハザードマップを確認していても、避難するかどうかを判断できなければ行動につながりません。
訓練を毎年行っていても、いつもと違う状況に対応できるとは限りません。
だからこそ、防災庁には、取り組みを増やすだけではなく、その取り組みが現場でどこまで役立っているのかにも目を向けてほしいと思います。
災害現場を経験して感じる日本の防災の課題
私は消防士として、さまざまな火災や災害の現場で活動してきました。
消防活動では、最初からすべての情報がそろっているわけではありません。
今、何が起きているのか。どこに危険があるのか。何を優先するべきなのか。
限られた情報の中で状況を確認し、判断していかなければならない場面があります。
そして実際の災害は、事前に想定したとおりには進みません。
私は現在、防災研修などを通じて、こうした現場の難しさを保育園や企業の方々に伝えています。
その中で重視しているのは、消防士のような専門知識を身につけてもらうことではありません。
自分たちの場所で災害が起きたとき、何が危険で、誰が何を判断し、どう行動するのかを考えてもらうことです。
防災庁が発足した今だからこそ、こうした現場の課題について、3つの提言をしたいと思います。
災害リスクの情報を誰もが行動できる形にする

現在、国や自治体からは多くの防災情報が公開されています。
ハザードマップを使えば、自宅や職場の周辺で想定される洪水、土砂災害、津波などの危険を確認できます。
ただ、一般の方にとって、こうした情報を難しく感じる人も少なくありません。
地図の色が何を表しているのか。
自宅が浸水想定区域に入っていたらどうすればいいのか。
避難所までの道が危険な場合はどうするのか。
ハザードマップを開いても、そもそも分からない。分かったとしても具体的に何をすればいいのか分からないという方も多いです。
私は、今後の防災では災害リスクを調べる仕組みと、具体的な行動を考える仕組みを、もっと近づけるべきだと考えています。
例えば、住所や施設の場所から災害リスクを確認できるだけでなく、その場所でどのような事態が起こり得るのかを分かりやすく示す。
さらに、乳幼児がいる家庭、高齢者がいる家庭、従業員の多い職場など、それぞれの事情に応じて、何を事前に確認する必要があるのかを考えられるようにする。
もちろん、災害リスクには不確実性があります。想定区域の外だから安全だとか、一つの避難方法が必ず正しいと誤解させてはいけません。
正確性を保ちながら、子どもから高齢者まで理解しやすい情報にすることが大切です。
防災庁には、単に情報を公開するだけでなく、その情報を見た人が次に何を確認し、何を準備するべきかまで分かる情報提供を期待しています。
これは私自身、今後の防災支援で特に力を入れていきたい分野でもあります。
ハザードマップの基本的な見方については、自宅の災害リスク・避難先・避難経路を確認する方法でも紹介しています。
防災教育を知識中心から判断力を育てるものへ

私は、これからの防災教育では、実際の災害を想定して判断する訓練をもっと増やすべきだと考えています。
例えば、保育園で大きな地震が発生したとします。
乳児は午睡中で職員は通常より少ない。地震の揺れが収まったものの、いつもの避難経路には危険がある。
このとき、誰が何を確認し、どのように子どもたちを守るのでしょうか。
企業でも同じです。
大雨によって周辺道路が冠水し始めたとします。
従業員を帰宅させるのか。
建物にとどまらせるのか。
責任者と連絡が取れなかった場合、誰が判断するのか。
こうしたことは、知識を覚えるだけでは十分に対応できません。
大切なのは、事前に想定し、考え、実際に試しておくことです。
もちろん、避難経路の確認や消火器の取り扱いなど、基本的な訓練は欠かせません。
そのうえで、一つ条件を変えてみる。
いつもの責任者がいなかったら。
停電していたら。
予定していた避難経路が使えなかったら。
状況を変えて判断してみることで、普段の訓練では見えなかった課題が分かります。
防災研修の効果も、講義を受けた人数や訓練を実施した回数だけでなく、参加者がどこまで状況を理解し、適切に判断できるようになったかという視点で確認できるはずです。
防災庁が進める人材育成でも、こうした実践的な訓練が自治体、企業、保育施設、地域などに広がることを期待しています。
ファーストレスキューでも、防災講座や研修を単なる知識の伝達で終わらせず、それぞれの現場で考える機会をつくることを大切にしています。
一度の研修ですべてができるようになるわけではありません。
それでも、災害が起こる前に一度考え、一度迷い、どうすればよいか話し合っておくことには、大きな意味があると思っています。
具体的な訓練の進め方については、保育園の避難訓練年間計画の考え方や企業の実践的な避難訓練の作り方でも解説しています。
防災計画を作って終わりにせず現場の改善までつなげる
もう一つもっとも提言したいのが、防災対策を継続して改善できる仕組みづくりです。
例えば、企業でBCPを作成したとします。
防災マニュアルもあり、避難訓練も年に一度実施しています。
それでも、実際に災害が発生したとき、建物の中が安全とは限りません。
地震によって天井や照明器具、設備が損傷することもあれば、停電で防災設備が正常に作動しなくなる可能性もあります。
避難経路が使えなくなることもあるでしょう。
こうした状況で、職員は何を確認し、誰に報告し、どの段階で建物への立ち入りを禁止するのでしょうか。
建物の構造的な安全性について専門的な判断が必要であれば、建築士など適切な専門家による確認が必要です。
それとは別に、日頃から危険箇所を把握し、災害時の初動や防火防災体制を整えることも重要です。
私は、これからの防災では、人の判断力と建物・設備の備えを一緒に考える必要があると思っています。
また、訓練で見つかった課題をそのままにしてしまっては、次の災害への備えは変わりません。
避難誘導に時間がかかったのであれば、その理由を確認する
連絡がうまく伝わらなかったのであれば、伝達方法を見直す。
責任者が不在だった場合の判断に迷ったのであれば、代行する人や判断基準を整理する。
こうした改善を積み重ねていくことが大切です。
防災庁には、計画や訓練の実施状況に加えて、見つかった課題がどれだけ改善されているかにも注目してほしいと考えています。
防災の成果は、何を実施したかだけではなく、その結果、何ができるようになったかでも評価するべきです。
ファーストレスキューでも、研修や訓練、マニュアル・BCPの作成だけでなく、その後の振り返りや改善までつなげる支援を大切にしています。
防災庁の発足を私たちの防災にどう生かすか
防災庁の発足によって、国全体の防災がさらに前進することを期待しています。
ただ、国の取り組みを待っているだけでは、私たちの備えは変わりません。
- 家庭であれば、自宅の危険や避難先を確認すること。
- 保育園であれば、職員が少ない時間帯でも子どもを守れるか確認すること。
- 企業であれば、責任者が不在でも従業員の安全を守る判断ができるか確認すること。
- 自治体や地域であれば、災害が起きたときに不足する人員や物資、支援体制を事前に把握しておくこと。
それぞれの立場で、できることがあります。
そして、一度確認して終わりではありません。
状況が変われば、必要な備えも変わります。
だからこそ、知識を得ること、実際に動いてみること、改善を続けることが重要です。
防災庁の発足を本当に命を守る防災への転換点に
今回の防災庁発足を、私は前向きに受け止めています。
国が事前防災に力を入れ、災害対応の司令塔としての機能を強化することは、これからの日本にとって重要な取り組みだと思います。
そのうえで、私が期待したいのは、制度や組織の変化が、実際の現場の変化につながることです。
災害リスクが分かりやすく伝わ理、一人ひとりが状況に合わせて判断できる。
建物や設備の危険を把握し、必要な対策を進められる。
そして、訓練や点検で見つかった課題を改善し続けられる。
そうした防災が広がってほしいと思っています。
消防士として災害現場に立ってきた経験と、現在の防災支援を通じて、私が大切にしている考えがあります。
防災は、備えを整えたところで終わるものではありません。災害が起きたそのときに、命を守るために使えることが大切です。
ファーストレスキューでは、保育園や企業、自治体など、それぞれの現場に合わせた防災講座・研修、BCP・防災マニュアル、継続的な防災支援に取り組んでいます。
防災庁の発足が、国の防災体制の強化だけにとどまらず、私たち一人ひとりの判断力や行動力を高めるきっかけとなることを期待しています。
参考資料
- 防災庁「防災庁ミッション・基本理念・行動原則」
- 防災庁「事前防災徹底のための緊急要請」2026年11月2日
- 首相官邸「防災庁発足式」2026年11月2日
- 政府広報オンライン「防災庁発足! みんなでつくる、災害に強い社会」
※2026年11月2日時点の公表情報に基づいています。制度・政策の説明と、筆者個人の提言・意見は区別しています。

