災害が起きたら、安全な場所へ避難する。
これは防災の基本です。
しかし、病院ではそれだけでは考えられない場面があります。
手術中の患者
人工呼吸器などの医療機器を使用している患者
ベッドからすぐに移動できない患者
治療を中断すること自体が大きなリスクになる患者
そして災害発生後も、新たな傷病者が病院へ運ばれてくる可能性もあります。
災害が起きても「全員で外へ避難して終わり」にできないのが病院です。
だからこそ病院の防災訓練では、
「どう避難するか」だけではなく、「その場で誰をどう守り、何を続け、何を止めるのか」
まで考える必要があると思っています。
そのことを強く考えさせられる映像が、2026年夏に報道されました。
熊本総合病院の手術室で起きていたこと
2026年7月28日に発生した大地震では、熊本県八代市で震度6強の揺れが観測されました。
その後、八代市にある熊本総合病院の手術室で撮影された映像が報道されています。
激しい揺れの中、医師2人が手術中の患者を守るように身体を寄せ、転倒した看護師が立ち上がって扉を開け、避難経路を確保する様子が記録されていました。
病院によると、地震発生時には院内で4件の手術が行われており、そのまま手術を継続し、すべて無事に終了したと報じられています。
また、熊本総合病院は地震の影響を受けて通常診療を一時休止し、その後、一部制限付きで診療を再開しています。
私はこの映像を見て、
「医師や看護師の行動が素晴らしかった」
だけで終わらせてはいけないと思いました。
あの状況で患者を守ろうとした医療従事者の行動には、元消防士として強く感じるものがありました。
ただ同時に、防災を考える立場として、
「もし自分たちの病院で同じ揺れが起きたら、どうするのか」
まで考えることが必要だと改めて感じました。
病院では「避難させない」という判断が必要になることもある

一般的な避難訓練では、
災害発生→避難開始→建物の外へ移動→点呼
という流れを考えることが多いと思います。
しかし病院では、患者の状態によって事情がまったく異なります。
例えば手術中に大きな地震が発生したからといって、
「地震なので、すぐ患者を手術台から降ろして外へ避難させる」
という単純な判断にはなりません。
患者を動かすこと自体に危険が伴う場合があります。
一方で、
火災が発生した
建物に重大な被害がある
医療を継続できない
さらに危険が迫っている
となれば、移動を考えなければならない状況もあります。
つまり病院では、
避難するか、しないか。
ではなく、
今この患者にとって、どの行動が最も安全なのか。
を考える必要があります。
病院の防災訓練で考えたい8つのこと

病院によって診療機能や規模、建物、患者層は異なります。
すべての病院に同じ訓練を当てはめることはできません。
そのうえで、地震などの大規模災害を想定するなら、少なくとも次のような視点は検討しておきたいところです。
1.まず、その場にいる患者をどう守るか
大きな地震が発生した瞬間に、すぐ大規模な避難を始められるわけではありません。
まず必要になるのは、
その場で患者と職員の安全を確保することです。
- 病室
- 外来
- 手術室
- 検査室
- リハビリ室
- 待合室
場所によって状況はまったく異なります。
「地震が起きたら避難」
だけではなく、
各部署では最初に何をするのか。
を訓練しておく必要があります。
2.患者の状態によって対応が違うことを前提にする
病院には、自分で歩ける患者だけがいるわけではありません。
- 車いすを使用している人
- ベッド上で療養している人
- 治療中の人
- 術後の人
- 医療機器を使用している人
それぞれ必要な支援が違います。
だから防災訓練でも、
「患者20人を避難させる」
という人数だけで考えるのではなく、
どのような患者がいるのか。
誰にどの程度の支援が必要なのか。
職員は何人必要なのか。
まで確認することが重要です。
3.職員自身が被災することも想定する
災害時に、予定していた職員が全員そろっているとは限りません。
- 出勤できない職員
- 院内にいても負傷する
- 家族の安否が分からない
- 夜勤帯で職員数が少ない
こうした状況も考えられます。
平日昼間に多くの職員がいる前提だけで訓練しない。
これも重要な視点です。
4.電気・水・通信が使えなくなったらどうするか
病院は、多くの設備によって医療を支えています。
停電したら。
断水したら。
通信が不安定になったら。
電子カルテなどのシステムが利用できなかったら。
普段当たり前に使っているものが使えなくなったとき、医療をどこまで継続できるのか。
防災訓練では、人の避難だけでなく、
施設機能が低下した状態で何を優先するのか
も重要になります。

非常電源を置いてある病院が多いと思いますが、それがどのぐらい使用できるのかということも確認が必要です。
5.院内の情報をどこに集めるか
大規模災害が発生すると、病院内のさまざまな場所から情報が入ります。
「○階で設備が壊れた」
「○病棟で負傷者が出た」
「停電している」
「エレベーターが止まった」
「外から傷病者が来ている」
「職員が足りない」
こうした情報がバラバラに入ってきたとき、
どこで集約し、誰が全体を判断するのか。
ここを訓練しておく必要があります。
6.災害後に増える医療需要をどうするか
病院が被災している状況でも、地域では負傷者が発生する可能性があります。
つまり病院は、
自分たちが被災者でありながら、地域から医療を求められる側でもあります。
院内患者を守る。
病院機能を確認する。
新たな傷病者に対応する。
この複数の課題が同時に発生することを考えておかなければなりません。
7.家族や来院者への対応も考えておく
病院内にいるのは患者と職員だけではありません。
付き添いの家族。
面会者。
外来患者。
業者。
さまざまな人がいます。
災害発生時、
どこへ誘導するのか。
何を伝えるのか。
患者家族からの問い合わせにどう対応するのか。
こうした情報対応も、実際の災害では大きな課題になります。



に抜けがちですが、当然病院にいるのは職員と患者だけではありません。実際に訓練に参加までは難しいからこそ想定しておく必要があります。
8.避難した後、あるいは避難しない場合の医療をどう続けるか
最後はBCPにつながります。
一部の病棟が使えなくなった。
職員が不足している。
電気や水に制約がある。
それでも、
何の医療を優先して続けるのか。
災害時の病院では、これを考えなければなりません。
厚生労働省も、災害拠点病院だけでなく、それ以外の医療機関を対象としたBCP作成の手引きやチェックリスト、訓練資料を公開しています。
病院の防災訓練とBCPは切り離せない
病院の避難訓練について考えていくと、必ずBCPの問題につながります。
なぜなら、
患者を避難させた後も医療は必要だからです。
災害時に、
どの業務を続けるのか。
何を一時的に止めるのか。
人員をどこへ配置するのか。
どの設備を優先するのか。
外部とどう連携するのか。
こうした内容は、単純な避難経路確認だけでは検証できません。
厚生労働省は医療施設向けのBCP資料に加え、BCPの「訓練編」も公開しています。また、入院医療機関向けには地震や水害を想定したシミュレーション訓練資料やワークシートも提供されています。
東京都も、医療機関の防災訓練について、BCPや災害対応マニュアルの検討・見直し、災害時の対応方法の周知を目的として計画的に実施する考え方を示しています。
つまり、
マニュアルを作る。
だけではなく、
訓練して、本当に動くか確認する。
そして、
訓練で分かったことをBCPやマニュアルへ戻す。
この循環が重要になります。


最初から病院全体を動かす大規模訓練でなくてもいい
病院の災害対応を考えると、想定しなければならないことが非常に多くあります。
だからといって、
最初から何百人も参加する大規模訓練をしなければならないわけではありません。
というよりいきなりは現実的ではないと言えるでしょう。
なので例えば、
「夜間に大きな地震が起き、エレベーターが使用できない」
という条件について、関係者で考える。
あるいは、
「一つの病棟が使用できなくなった」
と仮定して、
誰に報告するのか。
患者をどうするのか。
何人の職員が必要なのか。
どこへ移動するのか。
何を持ち出すのか。
を確認する。
会議室で行う机上訓練からでも始められます。
重要なのは、
難しい訓練をすることではありません。
「この状況になったら、私たちはどうするのか」
を実際に考えてみることです。
部署ごとに「最初の行動」は違う
熊本総合病院の映像は手術室のものでした。
しかし、同じ病院内でも、
- 外来
- 病棟
- 手術室
- 救急
- 検査
- 薬剤
- リハビリ
- 事務
では、地震直後に必要になる行動が異なります。
だから私は、
病院全体で一つの動きを覚えるだけではなく、各部署が「自分たちの場所では何が起こるか」を考えてほしい
と思っています。
災害マニュアルに、
「身の安全を確保する」
「患者を安全な場所へ誘導する」
と書いてあるだけでは、実際の行動までは分かりません。
では、
自分の部署では何から守るのか。
誰が患者を見るのか。
誰が状況確認をするのか。
誰が本部へ報告するのか。
通常使っている設備が使えない場合はどうするのか。
一度、現場で考えてみる。
その積み重ねが必要です。



マニュアルに記すことも大切ですが、その時何ができるかというのは訓練をしないと身につきません。
「避難できたか」だけでは、病院の訓練は評価できない
一般的な避難訓練では、
「避難完了まで○分」
という時間が評価項目になることがあります。
もちろん時間を見る意味はあります。
しかし、病院では、
早く全員を動かしたから良い訓練だった
とは単純に言えません。
- 患者を安全に守れたか。
- 必要な情報が共有できたか。
- 患者の状態に応じた判断ができたか。
- 必要な医療を継続できたか。
- 職員自身の安全も確保できたか。
- 想定外の状況で誰が判断したか。
- 訓練後に課題を確認できたか。
こうした部分まで評価する必要があります。


実際の災害を「すごい対応だった」で終わらせない
熊本総合病院で記録された映像を見て、
私は改めて、
災害対応は、本当にその瞬間に判断を迫られる
ということを感じました。
手術中に地震が起きること
患者を守ること
出口を確保すること
周囲の状況を見ること
医療を続けること
映像で見ると数十秒の出来事でも、その場にいた人たちは瞬間的に多くのことを判断していたはずです。
だからこそ、
「あの医師たちはすごかった」
「あの看護師はよく動いた」
だけで終わらせないでほしいと思います。
次に考えてほしいのは、
自分たちならどうするか。
です。
自分の勤務する場所で同じ揺れが起きたら。
夜勤中だったら。
停電したら。
エレベーターが止まったら。
患者を動かせなかったら。
責任者と連絡が取れなかったら。
そのとき、
何を最初にするのか。
誰が判断するのか。
どこへ情報を集めるのか。
一度考える。
そしてできれば、一度訓練してみる。
それが、実際の災害から学ぶということだと思っています。
病院には、病院だからこその防災訓練が必要
病院は、人の命を守る場所です。
そして災害時には、普段以上に医療を必要とする人が増える可能性があります。
一方で、病院そのものも被災します。
設備が壊れるかもしれない。
ライフラインが止まるかもしれない。
職員が集まらないかもしれない。
患者を移動できないかもしれない。
だから、
「火災が起きたので外へ避難しました」
だけでは確認できないことがあります。
患者を守る。
職員を守る。
医療を守る。
地域から来る傷病者にも対応する。
病院の防災訓練では、それらを少しずつ確認していく必要があります。
最初からすべてしようとするのではなく
一つの部署、一つの想定からでもいい。
「この場合、どうする?」
という問いから始めてください。
その答えがすぐ出なくてもいいと思います。
答えが出なかったことを、本当の災害が起きる前に知ること。
それも訓練の大きな意味です。
避難訓練を「実施すること」が目的になっていないか、一度確認してほしい
これは病院だけの問題ではありません。
企業・保育園・学校・地域。
どの組織でも、避難訓練を続けているうちに、
「今年も実施すること」
が目的になってしまうことがあります。
しかし本来の目的は、
訓練を終わらせることではなく、災害時に命を守れるようにすることです。
毎回大きく変える必要はありません。
今回、一つ確認する。
一つ課題を見つける。
一つ改善する。
そして次回、もう一度確かめる。
その考え方については、こちらの記事で詳しく紹介しています。
→ 関連記事:避難訓練をやっただけで終わらせない。形骸化を防ぎ、本当に命を守る訓練にするために
病院の防災訓練も、
今年も訓練をした
から、
今年は一つ、患者を守れることが増えた
と言えるものにしてほしい。
命を守る人たちだからこそ、もしもの時にも命を守れるようになってもらいたいと思います。









