避難訓練を毎年、あるいは毎月行っている。
火災を想定して、非常ベルを鳴らす。
決められた避難経路を通る。
決められた場所に集まる。
人数を確認する。
そして最後に、
「無事に避難できました」
と確認して訓練を終える。
もちろん、こうした基本の避難訓練には大切な意味があります。
避難経路を覚えることも、役割を確認することも、繰り返し行うことも必要です。
それでも、私は一度考えてみてほしいと思っています。
その避難訓練は、本当の災害が起きたときに人を守るための訓練になっているでしょうか。
私は消防士として15年間、災害対応の現場に立ってきました。
災害の現場では、最初から最後まで予定どおりに物事が進むことはまずありません。
いつもの出口が使えない。
責任者がいない。
連絡が取れない。
誰かが負傷している。
避難した後に、さらに別の判断を迫られる。
ちょっと考えるだけでも起こる可能性があることはたくさんあります。
だからこそ、私は避難訓練を「実施するための行事」で終わらせてほしくありません。
訓練だからこそ、迷っていい。
分からなくてもいい。
うまくいかないことがあってもいい。
本当の災害が起きる前に、一つでも多くの「分からない」「決まっていない」「うまくできない」を見つける。
そして、一つでも改善する。
その積み重ねが、いざというときに誰かの命を守る力になると私は考えています。

災害現場は本当に想定外の連続です。決まった想定、決まった流れでは命を守れるとは言えません。
この記事では、避難訓練が形骸化してしまう理由と、「やっただけ」の訓練から本当に命を守る訓練へ変えていく考え方を紹介します。
避難訓練が形骸化するのは「目的」を見失ったとき
避難訓練の形骸化というと、
「毎年同じ訓練をしている」
ことを思い浮かべる方が多いかもしれません。
しかし、私は同じ訓練を繰り返すこと自体が悪いとは考えていません。
避難経路を確認する。
通報する。
声を掛け合う。
避難誘導する。
人数を確認する。
こうした基本動作は、繰り返すからこそ身につくものです。
消防士だってまずは基本を大事にします。
それに職員や社員は入れ替わります。
保育園であれば子どもたちも成長します。
地域なら役員も交代します。
同じ基本を何度も確認することには意味があります。
問題なのは、「なぜこの訓練をするのか」がなくなってしまうことです。
「毎年この時期にやっているから」
「消防計画に書いてあるから」
「去年もこの内容だったから」
「訓練を実施したという記録が必要だから」
こうして、いつの間にか義務だからやるというように、避難訓練を実施することそのものが目的になる。
私は、これこそが避難訓練の形骸化だと考えています。
防災全体について「やっている状態」と「実際に動ける状態」の違いを確認したい方は、こちらの記事でも詳しく解説しています。
→ 防災レベルを見極める〜「やっている防災」から「動ける防災」へ進める考え方〜
こんな避難訓練になっていたら、一度見直してみてください
避難訓練を長く続けている組織ほど、流れが完成していることがあります。
それ自体は悪いことではありません。
ただ、次のような状態になっていないかは確認してみてください。
- 何を確認する訓練なのか、参加者が分からない
- 開始時間、災害発生場所、避難経路を全員が知っている
- 担当者が毎回同じ
- 問題が起きないことを前提に進めている
- 「何分で避難できたか」だけを評価している
- 避難場所へ集合したところで訓練が終わる
- 振り返りが「問題ありませんでした」で終わる
- 前回見つかった課題が次の訓練に反映されていない
- 訓練記録を書くことが目的になっている
- 長年続けているが、災害時に誰が何を判断するのかは曖昧
- 職員がやる意義を感じていない
- 全く振り返りをしない
全部を変える必要はありません。
一つでも、
「これはうちにもあるかもしれない」
と思ったところがあれば、そこから見直せば十分です。
「訓練を成功させること」が目的になっていないか
避難訓練をすると、どうしても「うまくできたか」を評価したくなります。
予定していた時間内に避難できた。
全員そろった。
大きな混乱もなかった。
もちろん、それは良いことです。
ですが、それだけで終わっていては、実災害で命を守れるとは言えません。
例えば訓練中に、
「誰が119番通報するんだろう」
「責任者がいなかったら誰が決めるのだろう」
「この出口が使えなかったらどこへ行けばいいんだろう」
「人数が合わないとき、誰が確認に戻るんだろう」
「避難した後はどうするんだろう」
という疑問が出た。
これは訓練の失敗ですか?
そんなことはありません。
本当の災害が起きる前に、その問題に気づくことができた。
それこそ訓練をした大きな意味です。
訓練では失敗していい
消防士として災害現場にいたときと、訓練では決定的に違うことがあります。
訓練は、やり直せるということです。
本当の災害では、判断をやり直せません。
「あのとき決めておけばよかった」
「あの場所も確認しておけばよかった」
「あの人がいない場合も考えておけばよかった」
そう思っても、取り返せません。
何度も悔しい思いを消防士の時にしてきました。
だからこそ、本番ではなく訓練で疑問を感じてほしい。
迷ってほしい。
「分からない」を見つけてほしい。
そして、
「じゃあ次はどうしよう」
と話し合ってほしいと思っています。
失敗しない訓練を作ることより、本番で起きるかもしれない失敗を先に見つける。
避難訓練は本来そのためにあるのです。


形骸化しない避難訓練はどう作ればいいのか
大掛かりな訓練を毎回作る必要はありません。
特殊な機材も必要ありません。
いきなり抜き打ち訓練をする必要もありません。
まず、今行っている避難訓練に一つの問いを加えてみてください。
「今回の訓練で、何を確認したいのか」
例えば、
「今回は人数確認の方法を確認する」
「今回は責任者が不在でも動けるか確認する」
「今回は避難経路を本当に全員が理解しているか確認する」
「今回は避難後の情報共有を確認する」
それだけでも、訓練を見る目が変わります。
避難できたかどうかだけではなく、
目的に対してどうだったのか
を振り返れるようになるからです。



難しい訓練をすればやった気になりますが、まず目的意識、そして基本があってこそです。ブラインド訓練も効果的ですが、土台があってこそです。
最初から難しい避難訓練をする必要はない
実践的な避難訓練というと、
「抜き打ちにしなければいけない」
「事故役をたくさん設定した方がいい」
「かなり厳しい条件にしなければいけない」
と思われるかもしれません。
しかし、難しくすれば良い訓練になるわけではありません。
基本的な役割分担も決まっていない状態で、いきなり複数のトラブルを起こせば、ただ混乱するだけになることもあります。
まず基本を確認する。
基本ができてきたら、条件を一つ変えてみる。
そして、そこで見つかった課題を次につなげる。
これで十分です。
例えば、
「いつもの出口が使えない」
という条件を一つだけ加える。
それだけで、
誰が別の経路を判断するのか。
その変更を誰が伝えるのか。
全員に情報が届くのか。
別の経路を本当に使えるのか。
さまざまなことが見えてきます。



まずは少し状況を変えてみる。それだけでも課題はたくさん出てきます。
保育園・認定こども園で、基本訓練から少しずつ条件を変える方法については、こちらで詳しく紹介しています。
→ 保育園の避難訓練を一歩進める方法|アクシデント訓練・ブラインド訓練の進め方
避難訓練は「避難したら終わり」ではない
もう一つ、私が訓練で大切にしてほしいことがあります。
それは、避難した後です。
実際の災害では、避難場所まで行けばすべて終わるわけではありません。
人数は本当に合っているのか。
負傷者はいないのか。
建物へ戻れるのか。
別の場所へ移動する必要はないのか。
家族や保護者へどう連絡するのか。
従業員を帰宅させるのか。
地域では安否確認をどうするのか。
医療機関では治療を継続するのか、患者を移動させるのか。
避難後にも判断は続きます。
だから、避難場所に集合して、
「全員避難できました。訓練終了です」
で終えるのではなく、
「この後どうする?」
を一度考えてみてください。
そこから新しい課題が見えることがあります。



ほとんどの訓練が点呼を行い、終了し、建物に戻っていく。
でも実際は建物に戻れないこともあります。
形骸化を防ぐために、訓練後に5つだけ確認する
避難訓練が終わったら、次の5つを確認してみてください。
- 今回、何を確認する訓練だったか
- 予定どおりにいかなかったことは何か
- 判断に迷った場面はあったか
- 今のルールやマニュアルで足りなかったことは何か
- 次回までに一つ変えるなら何か
全部を一度に解決する必要はありません。
話したことは記録しておきつつ、次回までに一つ変える
くらいから始める方が続けやすいと思っています。



災害はいつ起こるか分からないから全部できないといけないは正しいです。もちろんそれが理想ですが、本業がある中で継続するにはを重視してください。防災においては一回に一気にやるも大切ですが、何より継続です。


「訓練→気づく→直す→次の訓練で確認する」を続ける
例えば、避難訓練をして、
「集合後の人数確認に時間がかかった」
という課題が見つかったとします。
そこで終わらせず、
名簿の置き場所を変える。
人数報告の方法を決める。
誰に報告するか統一する。
そして、次回の訓練で確認する。
もし改善されていれば、その仕組みは一歩前に進んだことになります。
まだ問題があれば、また直せばいい。
防災は一度で完成するものではありません。
訓練をするたびに、一つでも前より良くする。
その積み重ねの方が大切です。



目的意識や土台がないと問題にも気づけません。もちろん改善策も出てこないです。難しい訓練も大切ですが、意識するだけでも訓練の質は変わります。
避難訓練は、施設や組織によって考えることが違う
避難訓練に「すべての施設に共通する正解」があるわけではありません。
守る人も、建物も、職員体制も、災害後に必要になる行動も違うからです。
保育園・認定こども園
自分だけでは避難できない乳幼児を、限られた職員でどう守るか。
午睡中、給食中、散歩中など、時間帯によって状況も変わります。
毎月の訓練を年間でどう組み立てるかについては、こちらで詳しく解説します。
→ 保育園の避難訓練年間計画の作り方|毎月の訓練を子どもを守る力に変える考え方
企業・事業所
従業員だけでなく、来客や取引先がいる場合もあります。
避難後には、安否確認、建物への再入場、設備停止、帰宅判断、事業継続などの判断も必要になります。
→ 企業の避難訓練で何を確認する?「避難して終わり」にしない実践的な訓練の作り方
自治会・町内会・自主防災組織
地域では、参加者全員が同じ場所にいるわけではありません。
高齢者、子ども、要配慮者、訓練に参加していない住民まで含め、地域でどう動くかを考える必要があります。
→ 自治会・町内会の防災訓練は何をする?地域で助け合える訓練内容と進め方
病院・医療機関
病院では、災害が起きてもすぐに避難させることができない患者がいます。
治療を続けながら守るのか。
移動させるのか。
医療をどう継続するのか。
一般的な「全員が建物の外へ避難する訓練」だけでは確認できない判断があります。
→ 病院の防災訓練は「避難するだけ」でいい?患者を守るために本当に訓練すべきこと



これが一番難しいところです。上記のように対象によって考えることを伝えましたが、これだってもちろん足りていません。働く人数、建物の構造、立地、時間帯など考えることはいくつもあります。だからこそ想定通りに訓練では形骸化してしまいます。


「何をすればいいか分からない」から始めていい
ここまで読むと、
「うちの避難訓練も見直した方がいいかもしれない」
と思う一方で、
「では何をすればいいのか分からない」
と感じる方もいると思います。
防災について考え始めると、分からないことは必ず出てきます。
避難経路はこれでいいのか。
この場合は誰が判断するのか。
どこまで訓練すればいいのか。
この想定は現実的なのか。
分からないことが出てきたということは、それまで見えていなかった課題に気づいたということでもあります。
最初から防災に詳しい人ばかりではありません。
最初から完璧な避難訓練ができる組織ばかりでもありません。
大切なのは、
「本当に今のままで命が守れるだろうか」と一度考えてみること。
そして、
一度やってみること。
その気持ちが防災を変える最初の一歩だと思っています。
避難訓練をもっと大切にしてほしいと思う理由
私は、防災の仕事をしているから避難訓練を増やしてほしいと言っているわけではありません。
消防士として、火災や救助、災害の現場を経験してきました。
本当の災害では、
「知らなかった」
「決めていなかった」
「考えたことがなかった」
では済みません。
「こんなことになるなんて思わなかった」
災害現場で何度も耳にした言葉です。
起こってからでは遅いのです。失われたものは戻ってきません。
だからこそ、まだ何も起きていない今のうちに、考えてほしい。
実際に動いてほしい。
訓練で失敗してほしい。
そして、次は少し良くしてほしい。
完璧な防災をすべての会社や施設、地域に求めているわけではありません。
消防士だって、災害現場に行くたびに無力さを嘆き、ずっと改善しています。
でも、
昨日より一つでも安全にすることはできます。
避難訓練を一回やったことで、一つ問題に気づいた。
その問題を一つ直した。
次の訓練では、前より少し動けるようになった。
その積み重ねが、いつか本当に災害が起きたときに、
一人でも多くの命を守ることにつながる。
私はそう信じて、この仕事をしています。
避難訓練を「実施した記録」ではなく「命を守る経験」に
避難訓練を形骸化させないために、毎回特別なことをする必要はありません。
まず、
「今回、何を確認するのか」
を一つ決めてください。
訓練が終わったら、
「何に迷ったのか」
を聞いてみてください。
そして、
「次回までに一つ何を変えるのか」
を決めてください。
これだけでも、避難訓練は変わります。
訓練は義務だからと「実施した」という記録を残すだけではなく、
人を守るための経験を、組織の中に少しずつ積み重ねていく。
そのための避難訓練にしてほしいと思います。
避難訓練を見直したいけれど、何から始めればいいか分からない方へ
ファーストレスキューでは、消防・災害現場での経験をもとに、保育園・認定こども園、企業、地域などを対象に、防災講座、避難訓練、訓練後の振り返り、継続的な防災支援を行っています。
今の訓練を全部変える必要はありません。
「毎年同じ避難訓練になっている」
「訓練はしているけれど、本当にこれでいいか分からない」
「もっと実践的にしたいが、何を変えればいいか分からない」
という段階からでも大丈夫です。
まず今やっていることを確認し、そこから一つずつ整理していきます。
もちろん今の訓練のレベルを上げたいにも対応しています。
訓練で分からないことが出ることを、怖がらないでください。
分からなかったことを、本当の災害が起きる前に分かったこと。
それが、訓練をした意味です。
そして次に、一つでも変える。
その一歩を積み重ねていってください。









